敗戦、死と背中合わせの中国からの引揚げを経て、五年生の豊三少年一家は親戚を頼りに、静岡に落ち着く。崩壊した秩序と価値観の中で、内地の生活は少年にとって何もかもが珍しく、新鮮に感じられ、青空のような未来が豊三の前に広がっていく。終戦直後の青春をみずみずしく描く。
四二〇〇トンの巨船から大きく突出している船首を、加藤豊三は腹這いになって先へ進んだ。揺れ騒ぐ海面はビルの屋上から見る遠さである。
・・・・・・この引き揚げ船の船首で宙に浮いている者。それが自分だ。
《 これまでのあらすじ 》
【加納豊三は小学五年生で、小さいときに小児麻痺にかかってしまったために、普通の子よりも左足が細く小さかった。父の仕事の都合で満州で生活していたが、終戦をむかえ、豊三の一家(祖父と母と兄との四人)は満州から日本へと引き揚げてきた。父は終戦の半年前にすでに病気でこの世を去っていた。引き揚げ船は博多に上陸し、そこから一家は叔母(母の姉にあたる)をたよりに静岡までやってきた。豊三は叔母のところで居候になりながら静岡市内の小学校に通いはじめることになった。】
授業は、作文の時間だった。受け持ちは井藤だが、この時間は専科の大石という教師の担当だった。入ってきたのは、師範学校を出てまだいくらもたっていないと思われる色白で細面の女性教師だった。自由題で何を書いてもいいという。
豊三は作文が苦手だった。何を書いたらいいのか、いつも困ってしまう。遠足にいった、とか、博覧会を見たとか、そういうふうにはっきり記憶していることを報告文で書くのなら、できないことはないが、それ以上のことになるとどうしていいかわからない。
その日はすぐ素材が決まった。博多に上陸してから深夜の静岡駅に到着するまでの旅を、報告文を書けばいい。
豊三は配られてきた粗悪な仙貸紙に、コーリンという鉛筆でゆっくり書きつけていった。関門海峡の海底トンネルを潜ったところの感動はとくに細かく書いた。深夜の山陽本線で、女たちが窓から小便をした情景は書かなかった。そんな下品なことを書くと叱られる、と思ったからである。
いつしか書いていることに引き入れられて、夢中になっていた。終わりにベルが鳴った時には、まだ列車は大垣駅近くを走っていた。
豊三は大石のところへ行った。
「先生。おれ、書き切れないんですけれど」
「そう。じゃあ、今晩家で書いてきて、明日、職員室までもっていらっしゃい」
「はい」
その晩、十一時までかかって書き上げ、翌日とどけた。
作文を提出して一週間が過ぎ、次の作文の時間がきた。色白で細面の大石が、微笑しながら作文の束をもって教室へ入ってきた。
その瞬間、豊三は顔を伏せた。作文は読まれてしまった。きっと、その下手さかげんに顔をしかめて読んだだろう。
「こんにちは、みなさん」
大石は、明るい声でいった。
「先週はごくろうさま。みんなの作文、先生はなかなか面白かったよ。で、今日も、そのなかからいくつか読みますからね。上手な人のをよく聞いて参考にしてちょうだい。文章がしっかり書けると、大人になってから生きていく上でとてもいいのよ」
たしかに文章のうまいやつは得だ、豊三は思った。親父は中学生のころ、女学生だったお袋をに手紙をたくさん出して、それがお袋を妻にすることができた。あの、無責任にも四十二歳で死んでしまった、ひょろひょろの男だって、文章がうまかったから、お袋をたぶらかすことができたんだ。
「じゃ何から読もうかな。そうそう」
大石は相変わらず明るい声でいった。
「これは読むと、だれが書いたかすぐにわかっちゃうわね。でも、先生、とてもおもしろかったよ」
豊三は、顔をすこし上げて大石が手に握っている粗悪な仙貨紙を見た。それは裏までがぎっしりと文字が書かれているものだった。
はっとして、また俯いた。ちがう。裏までぎっしり書いた者が他にもいたのだ。
「二昼夜の汽車の旅」
大石は題を読んだ。豊三は背中がぴくりと動いたのを感じた。不意に動いたので、防ぎようがなかった。
大石はけっして大きくはないが、口跡のしっかりした声で、たんたんと豊三の文章を読み続けた。貨車のドアのところに陣取って、不意の転落から引き揚げた者たちを守った高等学校の学生のところも過ぎ、下関で窓から乗客たちがなだれこんだところも過ぎた。豊三は机に顔をつけてだれからも顔を見られないようにした。机は多くのこどもたちによって傷つけられ、穴は開けられ、悪戯書きがしてあった。そして昼の掃除のときに濡れた雑巾で拭いた、あの埃くさい匂いがした。中国東北でも日本でも、少しもかわらない匂いである。夏の日に、灼けたアスファルトの舗装道路を雨の雫が叩きはじめるとき立ちのぼる、あの匂いにも似ていると思った。
そんなことを思いながら、耳は大石の声を一文字でも聞き逃すまいとしていた。作文を、教師によって読まれたのは初めてである。そういうことをする教師もほとんどいなかった。戦地の兵士たちに送る慰問文などは、たいていが級長の男か副級長の女が書くように命じられた。豊三はいつも転校生で席の暖まる間のない子だったから、いつも何かの晴れがましい大会の代表になって行く同級生たちを見送る役割だった。
耳に快い大石のきれのいい言葉が、次から次へと飛び込んでくる。それがみな自分が書いた言葉であり、自分が体験した事柄の表現である。
やがて汽車は掛川まできた。そこで仙貨紙の裏も尽きたので、文章も終わっているのである。結びの言葉はたしかこうだった。
<汽車は静岡へ静岡へと驀進している。>
「汽車は静岡へ静岡へと驀進している」
大石は、そこまで読んで作文を教卓の上に置いた。
「先生は静岡の農家の出身です。だからこういうことは自分で味わったことはないけれど、大変だったでしょうね。とくに家族の中心になっているお母さん、どんなにごくろうだったでしょうね。それから、お兄ちゃんも。みんながんばっているさまが、書けています。博多からのはなしだけれど、その前があるわけよね。それも書いてみるといいと先生は思う」
大石の声は、頭の上を、通り過ぎていった。豊三は顔を上げることができなくて、紅潮したほおをいっそう机の穴にこすりつけ、雑巾の埃臭い匂いをかいだ。
問 「その瞬間、豊三は顔を伏せた」「はっとして、また俯いた」「豊三は顔を上げることができなくて、紅潮したほおをいっそう机の穴にこすりつけ」について、それぞれの時の「豊三」の気持ちを答えなさい。
e:三木卓と言えば
F:『星のカンタータ』麻布で昭和54年に出ました。
e:確か、初期の作品でしたね。母の手で
F:貧困と不自由な左足をかかえながら
e:育ったという
F:『砲撃のあとで』が知られてますね。
e:「詩人」から「作家」になったんですよね。確か。
F:にもかかわらず、生々しい人物描写
e:自然描写は解りますが。狂おしいまでの焼け付くような?
F:生死に裏付けされてるからでしょうか?ある対談で三木卓の゛生い立ち゛がよく分かります。
e:それが詩にも小説にも色濃く反映されているんでしょうね。
F:゛作家゛の゛生い立ち゛は重要ですので
e:しっかり、その辺はお子さんに話をするんですね。
F:有名な作品の゛紹介゛もですね。
e:もちろん、入試によくでるという意味で゛有名゛
F:自伝的要素の強い゛作品゛も多いですからね。
e:「作家」と「作品」は切っても切り放せない関係にありますよ。
F:対談の中で三木卓が言ってます。「実際に僕たちがどのような時代に関わり、互いに影響しあいな
がら自己を確立していったかを書き込みたかった」と。
e: 「その瞬間、豊三は顔を伏せた」のは豊三は下手な自分の作文を先生に読まれるのは恥ずかしい?
F: 「豊三は作文が苦手だった。何を書いたらいいのか、いつも困ってしまう」とありますからね。
e: 豊三が作文を完全に苦手にしていることがわかります。
F: 大石先生が手に持っている作文がぎっしりと書かれているのを見たとき
e: もしかして「自分の作文かもしれない」と期待する?
F: なにしろ作文には苦手意識が先行して
e: まさかそんなはずはあるまいと……
F: 「豊三は顔を上げることができなくて、紅潮したほおをいっそう机の穴にこすりつけ」
e: 「雑巾の埃臭い匂いをかいだ」はいいですね。
F: 先生に作文を読まれるときの気持ちですね。
e: 嬉しいが照れ臭い?
F: 豊三の場合、それが生まれて初めての経験だったわけですからね。
e: 苦手意識のある作文で褒められたということで
F: その照れくささは人一倍であったと
e: 想像はつきますね。
F: 「大石の声は、頭の上を通り過ぎていった。
《著者略歴》
1935年5月13日東京都生まれ。本名、冨田三樹。早稲田大学文学部露文科卒業。詩人、作家として詩誌「氾」「現代詩」を中心に詩作活動を行い、67年に詩集『東京午前三時』でH氏賞、71年『わがキディ・ランド』で高見順賞を受賞。また73年に小説『鶸』で芥川賞を受賞。主な著書に『ぽたぽた』(野間児童文芸賞)、『馭者の秋』(平林たい子文学賞)『路地』(谷崎潤一郎)『裸足と貝殻』(読売文学賞)などがある。99年紫綬褒章受章
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2016年 国語記述 ラストスパート生 限定募集
秋は中学入試の合否を決する”天王山”ー秋を制する者は入試を征するーと言われる所以です。
秋は中学入試の『合否』を決する゛天王山゛-秋を制する者は入試を征するといわれる所以です。秋といえば、言わずと知れた徹底した志望校対策に尽きます。と、言っても第2、第3志望校対策も平行して同時進行しなければなりません。その上、最終的な志望校決定の目安になる大手進学塾の合判や学校別合判テスト対策も必要です。しかし、自ら進んでそれらを完璧にやりこなすことはなかなか至難です。だからと言って、塾もそんなにあてにはできません。それらの対策を個人別にはやってくれないからです。秋-最後の追い上げ-ここで、プロチュータの出番です。その効果のほどは絶大です。なぜなら、マン・ツー・マンによる個人対応で上記の対策に対してフォローできるからです。座右の師=プロチュータ-それも、20%の合格可能性を80%にしてしまう゛ミラクルチュータ゛を持つ-これが合格への近道だと断言できます。志望校合格のカギ、それは、徹底した①本命校対策②押さえ校対策③学校別合判対策ができるプロチュータの存在です。キー・ワードは゛一石(師)三鳥(対策)゛!!そして、この秋、ライバルに決定的な差をつけ、゛合格゛の2文字を勝ち取りましょう。
「国語記述」を苦手とする生徒が目立って多くなってきています(朝日新聞平成8年11月10日付)。その理由は今までの進学塾では決定的な学習対策がなされていないからです。
ご存知のように、ほとんどの進学塾の場合、来る日も来る日も「切り張りプリント」と「テキスト授業」です。これでは本番に通用する受験生が育つわけがないでしょう。
そのため、最近の入試では特に御三家・筑駒・駒東中では「国語記述」で合否が決まるとさえ言われています。他の教科では差がつかないからです。また、入試問題では「記述式」が多くなって決定的に差がでてしまうからです。
「国語記述」を伸ばすにはどうすれば良いのでしょうか?
それは読書・作文だと言われ、それに反対するつもりはありませんが、入試まであと5ヶ月。もっとすべきことがたくさんあるはずです。
それは、たとえば、開成中なら「論理性と物語の本質」を、麻布・武蔵中なら「物語の本質」を、筑駒・灘中なら「論理性と詩の本質」を徹底的に理解することです。そこから明快な解答が導かれるのです。それを理解した地点で問題を眺めてみると、こんな易しい問題もないことに気づくはずです。
すると、従来、たとえば御三家の国語は6割とれれば合格点といわれてきましたが、私たちの指導からすれば8~9割以上とれても不思議ではないことになります。
御三家レベルの入試はどんな生徒も解いてみなければわからない不確定のものですが、国語における、この2~3割アップが『合格』をより確実なものにするでしょう。難関校では、誰しもよくできる算数や他の教科では差がつきません。指導法が、確立しておらず、知識のつめこみが役に立たない国語記述で合否が決まるのです。
ここでは徹底した発想力・思考力の養成と学校別対策集中指導で他の受験生と国語記述力で決定的な差をつけます。
国語記述は短期では差がつかないとあきらめている人も多いでしょう。なるほど知識、特に漢字の学習ではそれが言えるかもしれません。しかし、これだけ毎年傾向が同じ入試問題では対策の方法というものが確実にあります。
それは感受性とか直観力という曖昧な問題ではなく、あくまで科学的に分析できるものであり、考え方と発想の方法を教えることで短期に習得できるものです。それぞれの進学塾が各学校の入試問題に対する模範解答を出していて、それを見ると各進学塾のレベルが手にとるように分かってきます。
とりわけ、御三家の国語問題に対する「記述解答」には驚かされます。これでは合格できないであろうと思われるようなもの、あるいは、逆に子供が到底書けないような高度なものが堂々と出されています。ここでは、子供が考えられ、書ける。しかも、合格し得るレベルで指導します。
『開成・麻布・武蔵・駒東・筑駒・慶應・栄光・聖光・灘中への国語』・・・・・・・小6
個人別「オリジナルカリキュラム」に基づき、「カルテノート」「カリキュラムレコード」を作成。万全のフォロー体制。
・開成中への国語記述・・・・・・・・・・・・論説文・物語文の徹底解読と論理と発想力の特訓
・麻布・駒東・武蔵・栄光中への記述・・・物語文の本質の徹底解読と心理分析の特訓
・慶應普・中・藤沢・聖光中への国語・・・論説文・物語文と随筆文の徹底解読と語彙力・文法の特訓
・筑駒・灘中への国語記述・・・・・・・・論説文・随筆文・物語文・詩の徹底解読と論理的思考力の特訓
・櫻蔭中への国語記述・・・・・・・・論説文・随筆文の徹底解読と論理的思考力の特訓
[募 集]・・・若干名 [入会金]・・・10000円
[期 間]・・・2017年1月末日
[1時間]・・・10000円(教材費・交通費込)
[教 材]・・・『実物大過去問題(平成元年~28年)・2017年予想問題』
・早中・早実・早高・海城・巣鴨・桐朋・渋幕・学習院・暁星・成蹊・西大和中への国語・・・・・・・小6
[募 集]・・・若干名 [入会金]・・・10000円
[期 間] ・・・2017年1月末日
[1時間]・・・7500円(教材費・交通費込)
[教 材]・・・『実物大過去問題(平成元年~28年ー早高・西大和中は別)・2017年予想問題』)
・開成・麻布・武蔵・駒東・筑駒・慶應・栄光・聖光・灘・櫻蔭中への国語(基礎)・・・・・・・・小5
[募 集]・・・10名 [入会金] ・・・10000円
[期 間]・・・2018年1月末日
[1時間]・・・7500円(教材費・交通費込)
[教 材]・・・『学校別記述秋期オリジナルテキスト(基礎)』
ここでは、読解問題を一律にする指導から脱却し、国語学習の理想環境を設定して、あらゆる教科の基礎である語彙力や考える力そのものの向上を目指すとともに開成・麻布・武蔵・駒東・慶應・筑駒・灘中「合格」に必要な「国語基礎力」を養成します。
総合的な「受験国語力」をじっくり熟成する上記校受験のための個人指導です。
「読解、記述指導」と「文章をまとめる力」の徹底指導を行い、本物の「受験国語」とあらゆることの基礎である「言葉で考える力」と「語彙力」を根本的に養成します。
※ご指導までのプロセス
①お電話でお問い合わせ下さい。ご面談の日時を決定します。
②ご面談(御父母とお子様)
③ご入会のご検討
④ご入会時に指導曜日・時間を決定します。
⑤「指導契約書」の作成
⑥指導開始
実績 SINCE 1987 信頼
expert FORUM (エキパート フォーラム)
℡ 090-1732-9873(代表直通)
代表: Pro-Tutor 福田浩
E-mail expertforum1987@mail.goo.ne.jp
・〒150-0021 東京都渋谷区恵比寿西2-2-6
・受付:平日午前9時~午後10時
・時間外は留守電またはメールにてメッセージを承ります。
※どうぞお気軽にお電話またはメールを下さい。スタッフ一同お待ちしております。
<過去並びに現在指導中の私立・国立小学校>
ー指導人数が多い順にー
精華、国立学園、聖徳学園、淑徳、宝仙、日出〔市川〕、聖徳大附属、成蹊、玉川学園、桐朋、立教、学習院、慶應幼稚舎、光塩、成城学園、暁星、早実、星美、田園調布雙葉、白百合、小野学園、文教大附属、作新学院、聖学院 川村、国立音大附属、洗足学園、東横学園、千葉日本大附属、御茶ノ水附属、筑波大附属、学芸大竹早、学芸大小金井、学芸大世田谷、横浜国立大附属、埼玉大附属、山形大附属
5年 「組分け・昇降テスト 対策」
「入室選抜テスト 対策」
「マンスリー実力確認テスト 対策」
「志望校診断サピックスオープン 対策」
[募集人数] 10名 1時間 5000円(教材費・交通費込)
開成中学昭和49年~平成18年
麻布中学昭和49年~平成18年
武蔵中学昭和49年~平成18年
駒場東邦中学昭和51年~平成18年
筑波大附属駒場中学昭和51年~平成18年
灘中学昭和51年~平成18年
神戸女学院中学昭和51年~昭和63年
ラ・サール中学昭和51年~昭和63年
桜蔭中学昭和51年~平成18年
女子学院中学昭和51年~平成18年
雙葉中学昭和51年~平成15年
慶應義塾普通部昭和51年~平成18年
慶應義塾中等部昭和51年~平成18年
慶應義塾湘南藤沢平成6年~平成18年
早実中学昭和51年~平成17年
早稲田中学昭和51年~平成18年
海城中学昭和51年~平成18年
巣鴨中学昭和51年~平成18年
桐朋中学昭和51年~平成18年
学習院中等部昭和51年~平成17年
販売価格 1教科 1年分 500円~1000円〔解答解説付き〕
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